「どんどこ!巨大紙相撲」その精緻でリッチな体験【2022年イベントレポート】
本場所:2022年12月18日(日)
本場所:すみだリバーサイドホール・イベントホール
「どんどこ!巨大紙相撲」は身長180cmの段ボールの「力士」をつくり、巨大な木製の土俵を叩いて「トントン相撲」をする。試合は「トントン」なんて可愛いものではない。「ドゴゴゴゴゴゴゴ」と怒号が響く。
ぼくは10年以上前からアーティストユニット「KOSUGE1-16」による参加型アートの代表例としてこのプロジェクトを知っていたが、今回家族で初めて参加した。そして、その体験は記憶に残るものになった。
同時に、これはお祭りなのか、スポーツなのか、アートなのか、一体なんなんだろう…という疑問が残った。このテキストでは、ぼく自身の「どんどこ!巨大紙相撲」体験を綴りながら、フランスの思想家ロジェ・カイヨワが定義した遊びの4分類(競争/運/模倣/目眩)をもとにこの体験を紐解いてみたい。
先に結論を書く。この「どんどこ!巨大紙相撲」は、誰もが楽しめる複合型の文化イベントだ。「競技」であり、「賭け」の遊びであり、相撲を模倣した「ごっこ遊び」であり、巨大さと土俵を叩く「スリルの体験」であり、さらには「造形遊び」でもある。
では、ここからは実際の体験をふりかえってみたい。
怒涛の制作、力士に不思議と湧く愛着
11月中旬。ぼくは、すみだ北斎美術館で開催された、力士作りのワークショップにパートナーと子どもたち(2歳と4歳)と参加した。
段ボール板を2枚もらい、KOSUGE1-16の土谷さんが簡単に作り方を紹介する。しかし、当日は1時間20分しか制作時間が与えられていない。娘に「何のかたちにする?」と聞き「うさぎ」とこたえたので、「うさぎ」を作り始めることになった。適当に鉛筆で下書きをし、運営スタッフの方々に「よしこれでOK!どんどん切ろう!」と作業を促される。段ボールカッターでゴリゴリと切っていく。
形が切れたら次は装飾だ。ガムテープとポスカが用意されていて、4人でとにかくうさぎの体に色を塗っていく。が、しかし、高さ180cm、幅60cmの段ボールに描いたうさぎ、とにかくでかい。顔は白いガムテープで塗りつぶし、体の部分は花柄やらぐるぐる線やら、とにかく描きまくる。額に汗をしながらスタッフの方にも手伝ってもらい、どうにか作り上げたのが「ぴょんぴょんうさぎ」だった。
帰り道に「疲れたね」と言いながらも満足感があった。なにせ、180cmのどデカい人形だ。保育園や小学校では机の大きさを上回る物をつくることはほとんどない。大人になってからも滅多にない。我々は「ぴょんぴょんうさぎ」にすっかり愛着が湧いていた。
「ぜったいに、かつ!」トーナメント戦のゆくえ
そして、12月18日に迎えた本場所。浅草駅で降り「すみだリバーサイドホール」に向かう。会場に入ると、32体の力士が並べられ、幟が飾られ、立派な土俵が中央に構え、その背後には巨大な書割が描かれていて、力士の土俵入りや太鼓の演奏などのセレモニーがある。大人も子どもも興奮する壮観さだ。
トーナメント戦が組まれ、勝ち残った力士が優勝となる。しかし、1回戦の敗者にはチャレンジマッチが用意されているため、1組2回は試合をすることができる。
まずは最初の試合。他の力士たちは、クッパやらどんぶりやら、体格が大きく立派ななかで、うちの「ぴょんぴょんうさぎ」はひょろっとしていて心もとなく感じられた。
のこった!の掛け声とともに、全力で土俵を叩く。この叩く行為は祈りに近い。土俵の振動と、相手との形の組み合わせとが作用して、運で試合が決まる。
20秒ほどでバタンと両力士が倒れた。「ぴょんぴょんうさぎ」が下になる形で倒れたが、相手力士の右手が先に土俵についていたようにも見えた。「物言い」(審査検討)が行われ、我々の勝利となった。娘は目を輝かせて、母のもとへ勝利報告に走っていった。
つづく第2試合。まあ1回勝てたしいいかなと思っていたが、40秒ほど叩いた結果、寄り切りで勝った。このときも娘は大喜び。ぼくも一緒になって喜んでしまった。
2回勝ち残ると上位戦となり、ありがたいことに四股名の呼び出しをしてもらえる。プロに呼びだされ拍手で迎えられると、娘は小さい声で「ぜったいに、かつ!」と気合を入れていた。普段おとなしくてぽやっとしているこの子に、こんな情熱的な側面があったんだなと、親としては驚きと面白い気持ちになる。
が、3回目の試合は、しっかりと寄り切られて負けてしまった。
試合は見ているだけでも壮観で、決勝戦までしっかり見届け、クロージングセレモニー後にはタニマチの製品やらお米やらたっぷりと懸賞品をもらい、帰路に着いた
子どもたちは動画を何度も見返し「2回勝ったけど3回目は負けちゃった!」と祖父母や友人に繰り返し話している。語り継がれる思い出になってしまった。
遊びの4分類を網羅する精緻でリッチな文化体験
巨大な力士を造形し、その力士同士を戦わせる祭典まで、ぼくと家族の体験を見てきた。ここからは、この体験の特異性に目を向けていきたい。
そのために、「遊び」に関する哲学の古典『遊びと人間』(ロジェ・カイヨワ著)から、有名な遊びの4分類を参照する。 カイヨワは、人間の遊びを以下の4つに分類した。
・アゴン :競争を伴う遊び
・アレア :運や賭けを伴う遊び
・ミミクリ :真似・模倣を伴う遊び
・イリンクス:目眩やスリルを伴う遊び
アゴン(競争)とは、チェスのようなゲーム、スポーツチャンバラなどがこれにあたる。「どんどこ!巨大紙相撲」も、多くの参加者がアゴン的遊戯として参加していただろう。
しかし、ここが重要だ。「巨大紙相撲」のもとになっている「紙相撲」はそもそも「アレア(運や賭け)」なのだ。規格にそって検証を重ねて造形すれば、最強力士が出来上がるかもしれない。しかし、このワークショップはうまくそれをさせない。力士作りの制限時間がある。検証の時間はない。だからこそ本場所は「賭け」の要素が強くなるのだ。
そして「ミミクリ(真似・模倣)」はいうまでもなく「相撲」を模倣している。親方に解説してもらったり、呼び出しも太鼓もプロの方が行っている。その本物さながらの臨場感のなかで、アニメキャラやらうさぎやらが戦うのだから、その可笑しみはたまらないものがある。
最後に「イリンクス(目眩やスリル)」。土俵際は、ドゴゴゴゴと揺れて目の前で180cmの巨大力士たちが肌を合わせ、押し合い投げ合うスリルに溢れている。
このようにカイヨワの4分類を網羅するこのプロジェクトは、遊びの楽しみが詰め込まれているのだ。さらには造形遊びの要素もある。180cmの巨大物を造形する経験は、それ自体に希少な価値がある。
このイベントが多くの人に愛され、10年以上全国各地で開催されている理由は、この精緻でリッチな体験設計によるものだろう。相撲というスポーツであり、それを模倣した文化行事であり、運任せの遊びでありながら、皆優勝を目指すという競技でもあり、希少な造形経験でもある。
なんだかよくわからないがとにかく面白いアートの祭典というわけだ。本物の相撲の裏で、異形の遊びでありながら、ポップで親しみやすい文化イベントとして、日本の文化の中に蔓延っていく未来に、ぼくは胸が高鳴った。機会があれば、また家族で参加してみたい。
臼井隆志
アートエデュケーター/ファシリテーター。株式会社MIMIGURI所属。企業を中心に、福祉施設や美術館、劇場など多様な場で、0歳から大人までのアートエデュケーションを専門とする。著書『意外と知らない赤ちゃんのきもち』(スマート新書)。